ニュース日記 771 民主主義の不具合

30代フリーター やあ、ジイさん。バイデンの米大統領就任を報じた朝日新聞は「民主主義 立て直す時」の見出しを掲げ、「シンクタンク『V-Dem』によると、民主的な国・地域の数は2019年に87と、権威主義体制の数(92)を18年ぶりに下回った」と世界の民主主義の現状を伝えている(1月22日朝刊)。

年金生活者 その数字の裏に世界の民主化の進展を阻む要因が隠れているとしたら、国民のふところが温まるにつれて独裁を強める中国の振る舞い方にそれをうかがうことができる。

 改革開放による中国の資本主義化は当初、政治の民主化を促すと期待された。現実は逆だった。経済成長によって生活が向上し、消費の自由を手にした国民は、そのぶん政治的な自由への希求を低下させ、それが独裁を容認する要因のひとつとなった。

 かつての第2次産業中心の産業資本主義の時代なら、経済成長は労働者の生活の向上にあまりつながらず、それがロシアやドイツで独裁を打倒する革命に労働者を立ち上がらせた。

 第3次産業が中心の現在の資本主義はITをはじめとするテクノロジーの飛躍的な発達に支えられて富の稀少性の縮減を加速し、国民の生活を向上させた。中国の経済発展はその軌道を進んだ。

30代 民主主義が後退する時代に世界は入ったのか。

年金 民主主義の機能のひとつは、富の再分配を平等に近づけることであり、もうひとつは、それでも平等にはならない現実を理念によって埋め合わせることにある。

 前者の機能は多数決原理を指す。富の分配を市場にまかせると、少数者に集中しやすい。それを再分配して多数者にできるだけ行き渡るようにするのがこの原理だ。しかし、それを徹底すると、市場が機能しなくなり、生産も流通も停滞する。それで困窮するのは多数者だ。

 だから、不平等は不可避となる。だが、それに平気でいられる人間は少ない。それをなだめるのが、民主主義の掲げる「法の下の平等」という理念にほかならない。それは現実の不平等をなくしはしないが、代わりに理念としての平等を人びとに与える。

 民主主義はそれ自体が目的ではなく、人間の自由を拡張するための手段として生まれた。それは少数者しか手にできなかった消費の自由を、富の再分配によって多数者に与えることができる。

 だが、その自由は富の集中する少数者にくらべればはるかに小さい。民主制はそうした限定付きの自由を理念としての自由、すなわち「自由な投票」によって補う仕組みでもある。現実の不平等を理念としての平等によって埋め合わせているように。

30代 その仕組みが危うくなっている。

年金 もし今あげたような民主主義の機能を代替するものが出現すれば、民主主義はその必要度を低下させる。民主化どころか独裁を強化している中国はその典型だ。

 インターネットはそうした民主主義の機能を代替するもののひとつに数えることができる。サイバー空間では種々のサービスの低価格化、無料化が進み、富者と貧者の格差がそのぶん縮んでいる。消費の自由はインターネットがなかった時代に比べるとはるかに広がった。

 その広がりは言い換えると、利便性の享受の拡大だ。サイバー空間での利便性の享受は個人情報の提供を対価としている。その利便性は個人情報の集積によって生み出されるものだからだ。

 プライバシーの保護を無視し得る独裁国家は、個人情報の集積が民主主義国より容易であり、中国の国民はサイバー空間での利便性を欧米や日本よりも多く享受している可能性がある。つまりそれだけ自由とも言える。

30代 民主主義の危うさは米大統領選でもあらわになった。トランプの残した最大のレガシーは、陰謀論を振りかざすリーダーが大勢に支持され、政治権力を握る政治的土壌がアメリカに豊かに存在することを明らかにしたことにある、と鈴木一人という国際政治学者が指摘していた(「トランプ時代の政治とは何だったのか」、The  Asahi Shimbun GLOBE+、1月20日)

年金 東西冷戦の終結で資本主義対社会主義という「大きな物語」が終わった現在の世界で、それに代わる「小さな物語」のひとつとしてアメリカを中心に勢いづいているのが陰謀論だ。

 冷戦で勝利した資本主義はテクノロジーの発達に支えられて高度化し、人類史を支配してきた富の稀少性をかつてない速度で縮減しつつある。その結果、先進諸国では家計に占める選択的消費が必需的消費を上回り、それが国家から個人への権力の分散を駆動した。

 権力を手にした諸個人はそれに相応する処遇を求めるようになる。だが、同時に広がった格差のせいで、その要求を満たすことのできない層が出現する。その中から、自分たちの不遇を巨大な闇の力のせいと考える陰謀論を信じる者も生まれる。

 それを原動力のひとつとして大統領になったトランプは任期の最後に、大統領選で大がかりな不正があったとする陰謀論を繰り返し、それを信じる支持者による連邦議会の占拠を誘発した。そんな大統領に7400万人もが投票したという実績は、トランプ後も陰謀論が勢いを保ち続ける道を開いたと言える。