ニュース日記 764 新しい「階級闘争」の時代
30代フリーター やあ、ジイさん。分断された社会の一方の側に立ち続けてきたトランプに対し、バイデンは統一を強調しているが、現大統領はさらに分断を深める気のようだ。
年金生活者 分断の一方の側に立っているのは、バイデンを擁した民主党の左派も同じだ。
トランプは鉄鋼などの衰退産業の立地するラストベルトの白人労働者を中心とした「忘れられた人々」の代表として、ワシントンのエスタブリッシュメントに「階級闘争」を挑み、「革命」政権をつくった。アレクサンドリア・オカシオコルテスら民主党の左派もまた、彼らが「格差」と呼ぶ「分断」の一方の側、貧者の側に立つ「階級闘争」を続け、政権奪取の寸前まで来た。
30代 日本でそれと同様の左派と言えるのは永田町では共産党とれいわ新選組くらいしかない。
年金 少数でもそれらが存在していることには必然性がある。だから「階級闘争」を叫ぶ中核派も命脈を保ち続けている。機関紙の「前進」は米大統領選を総括して次のように記している。「バイデンは労働者階級の決起に戦々恐々としている。階級対立が米社会を引き裂き、公然たる内乱となって爆発するに至っている。そのためバイデンは、7日の演説で『団結』」『統一』を強調した」(11月16日 第3170号)。
30代 今どきレトロなマルクス主義の演説を聞くとは思わなかった。
年金 資本主義が隆盛に向かっていた19世紀のなかば、マルクスは広がる「格差」、深まる「分断」をプロレタリアートとブルジョワジーの「階級闘争」の激化としてとらえた。それが行き着いた先は彼の期待した社会主義社会ではなく、「平等」と「統一」を看板とする福祉国家だった。今それが崩れている。
欧米のローカルなシステムにとどまっていた19世紀の資本主義は、帝国主義の時代を経てアジアへ広がり、東西冷戦の終結とともに世界規模に達した。それが「平等」と「統一」を「格差」と「分断」にあと戻りさせ、「階級闘争」の新しい土俵を用意した。19世紀との違いは、当時の「格差」が生死を分ける絶対的な「格差」だったのに対し、現在のそれは少なくとも先進国や新興国では死にまで至らない相対的な「格差」にとどまっている点だ。
30代 新しい「階級闘争」はかつての福祉国家に相当するような「統一」に行き着くのか。
年金 それがあるとすれば、福祉国家の場合のような、国家だけを媒介にした「統一」ではなく、国家間システムを媒介にしたグローバルなものにならざるを得ないだろう。
30代 バイデンが大統領になっても「統一」は遠いな。
年金 彼の勝利はアメリカに「大きな政府」「反緊縮」路線が定着しつつあることを示している。グローバル化した資本主義が富の稀少性の縮減を加速するとともに、国家を市場に取り込んで自らの財布代わりにしてしまったことが背景にある。
経済学者の池田信夫は「トランプの大きな政府に対して、民主党はもっと大きな政府を志向している」と書いている(アゴラ、11月7日)。「共和党は伝統的に財政支出を抑制して減税を求めてきたが、トランプは減税だけを食い逃げした。連邦政府の今年度の財政赤字は(コロナ対策で)昨年度の3倍の3兆ドルを超えたが、物価も金利もあまり上がらない」として、トランプが共和党の伝統的な「小さな政府」路線を「大きな政府」路線にかえたことを指摘している。
バイデンは任期の4年間で2兆ドル(約207兆円)という巨額をインフラ投資などにあて、雇用を増やすことを目指している。ただ、民主党は下院で過半数を握るが、上院は共和党が多数を制する見通しだから、これほどの巨額の予算を組むのは困難と見られている。それでも、部分的には前進する可能性はある。「大きな政府」路線はアメリカの趨勢となっているからだ。
30代 財政赤字がたまる一方の「大きな政府」をどこまで続けられるか。
年金 デイビッド・ブルックスというコラムニストは「大きな政府の時代がやってきた」と書いている(11月6日朝日新聞朝刊、NYタイムズ10月22日電子版の抄訳」)。その背景を「調査機関ピュー・リサーチ・センターによると、15年には大半の米国人が『政府は、企業や個人に任せるべき仕事をやりすぎている』と考えていた。しかし今、そう考える人は39%で、59%は『政府はもっと問題解決に取り組むべきだ』と考えている」と説明している。
これまでアメリカでは、格差が広がれば「大きな政府」が、経済が停滞すれば「小さな政府」が求められた。今後は「大きな政府」路線が長期にわたって定着する可能性が高い。グローバル化にともなう格差の拡大がそれを必要としているからというだけではない。先進諸国でマイナス金利が定着し、政府がいくら借金してもインフレに陥る恐れがないことが財政出動をしやすくしている。
マイナス金利の定着は、資本が利潤をあげられなくなったことを意味する。資本主義の高度化とITを中心としたテクノロジーの発達が生産性を飛躍的に高め、モノやサービスの価格を絶えず低下させているからだ。