がらがら橋日記 職員室の風景⑦

 担任に手をひかれて、男児が一人ぼくのもとへ連れてこられる。何かやらかした空気がびんびん伝わってくる。犯した罪に向き合っていれば、こんな体の揺れ方はしない。明らかに今の状況が不服であるらしい。見れば、以前官位を与えた子どもたちのうちの一人である。

 乱暴な言動を取らなければ官位を与え、出世することを動機付けにしていたが、見た目にわかりやすいものがいいだろうと思い、その後「禅語」に変えた。『禅林句集』には、字数ごとに禅語が分離されているので、乱暴を抑制できたら字数を一字ずつ増やし、五字に至ったら終了とした。もともとが意訳を警戒する禅語であるので、意味などぼく自身がわからない。子どもたちには、「暗号なのだ」と言ってある。

 件の子は、少し前に五字を得て晴れて卒業していたのだが、このたび教室の窓に蹴りを食らわしガラスを割ったのである。よくよく聞いてみると、ある子がくれると約束した物を他の子には渡しながら、その子にのみ渡さなかったのだという。さらにガラス越しに挑発したものか、激高して、気がつくと目の前のガラスは粉々に砕けていた。

「次はがまんします。」

 どうすればよかったのかを問うたらそう言うので、

「そりゃあ無理だ。まんまと乗せられたとはいえ、相手は君を怒らせようと意地悪をしたのだ。カッときたときにはもう蹴っていたろう?」

 うなずく。蹴ってからびっくりしたんだと言う。物を壊さずにすむいい方法はないものかとしばし二人で考えた。

「先生にもらったおふだを三回読む。」

 かわいいことを言う。

「うん、それはよい考えだが、ビリビリに破った方が気が済むかもしれん。それで手や足を出さずに済んだら、また新しいおふだを渡そう。」

 笑顔でうなずく。おふだでガラスを守れたら、禅語の霊験いよよあらたかと言えよう。

 翌日、ガラス屋さんを伴って、取り替えに教室に行く。わらわらと男児たちが寄ってくる。おふだを渡している少年たちである。ガラスを割った果の子も割らせるに至った因の子もいっしょにニコニコしている。

「先生にもらったおふだ全部持っちょう。」「ぼくも。」お母さんが大事にしているという子もあって恐縮する。

 こうして仲良くしていながら、次はまたうなだれて職員室にだれかが来ることになるのだろう。「日々是好日」このおふだまだ渡していなかった。