専業ババ奮闘記その2 虫博士②
「アオムシが蛹になったよ」と言って寛大が玄関を入ってきたのは日曜日の朝のことだった。左手には虫かご、右手には虫捕り網を持っている。一瞬長男かと思った。30年近く前、同じ恰好をしていた長男と、どことなく雰囲気が似ているのだ。
あとひと月足らずで産前休暇に入る娘は、そのお腹と同じくらい膨れたリュックを「どっこいしょ」と降ろし、そのまま座り込んだ。「虫捕りに行きたい」と寛大は急かすが、実歩は、「お絵描きがいい」と言うので、娘は実歩の相手、私が寛大に付いて行くことにした。
歩いて十分もかからないところに市営住宅があり、その敷地内にちょっとした公園がある。草地があり、まわりには木が植わっていて、団栗や椎の実が落ちている。寛大は虫探し、実歩は木の実拾いと、どちらもが楽しめる場所で、散歩コースの一つだ。
寛大は草地へと走り、虫を探し始めた。「あっ、蝶だ」寛大が追う目の先を見ると、ヤマトシジミがいる。「ばば、捕って」と言うので、渡された網を振った。網の中のヤマトシジミを寛大はそっと羽をつかんで取り、虫かごに入れた。その後、キアゲハを捕まえてかごに入れ、帰りにはアカタテハを網で捉えたものの、羽をつかみ損ねて逃がしてしまった。それでも、二匹捕まえた寛大は満足して家に帰った。
「お母さん、蝶を捕まえたよ」と、娘に見せると、「すごいね。二匹も捕ったの。じゃあ、逃がしてあげようね」と言われ、すんなり窓から放してやる寛大。長男はそうはいかなかった。部屋の中に放して、また捕っていじりまわしていた。本人はじっくり観察していたのだろうが、いじっているうちに脚がもげたり、首が取れたり、羽の鱗粉が失せてしまったり。あまりに殺生を繰り返すので、しまいには虫の模型を与えて持たせるほどだった。その点、寛大は捕らえた虫に執着することはなく、捕まえることで満足しているようだ。