ニュース日記 758 トランプの4年

30代フリーター やあ、ジイさん。トランプは非戦指向の大統領だという指摘を沢村亙という朝日新聞のアメリカ総局長がしていた。

年金生活者 北朝鮮の金正恩と交渉し、米朝戦争のリスクを取り除いたことなどを考えれば、妥当な見方だ。

 「トランプ氏はその直感で国民の非戦指向も感じ取っていた。だからこそディールにいそしんだ。『ボルトンの言うままにしたら、第6次世界大戦になっていた』。トランプ氏のツイートだ」と沢村は書いている(10月2日朝刊)。正しいかどうかは「歴史の検証を待たねばなるまい」と断定は避けているが、「ディールにいそしんだ」という指摘には説得力がある。トランプは安全保障の課題を、彼の得意なディール(取引)にしてしまうことで、戦争のリスクを低減させたと言うことができる。

30代 中国に敵意むき出しのトランプが?

年金 彼が安全保障をディール化できたのは、現在の戦争がディールの様相を帯びるようになっているからだ。世界の戦争の本流は東西冷戦を境に、破壊と流血をともなう熱い戦争、リアルな戦争から、抑止力を競い合う冷たい戦争、バーチャルな戦争にかわった。抑止力の競争は、現実の戦闘よりも予測がしやすく、それだけ計算可能だ。最小限の費用で最大限の効果をあげることがより求められるようになる。

 抑止力を高めるには軍備を増強すればいいが、それにかかるコストを無制限に増やせば、国家の台所が危うくなる。どうすれば限られた費用で他国の攻撃の意思を削ぐことができるか、相手の能力や意図を読み取りながら、かけ引きをすることを迫られる。そこにディールとの共通点がある。

 トランプは合衆国を巨大企業に見立て、それを「偉大」にするために、経営者として他国と取引して稼ぐのが大統領の役目だと思っているのだろう。それがアメリカを非戦指向にしている。北朝鮮との取引だけでなく、アフガニスタンやイラクから米軍を引き揚げつつあるのも、イスラエルと中東2カ国との国交樹立を仲介したのも、その「成果」と見ることができる。

30代 トランプは、全世界のためのアメリカをアメリカのためのアメリカに、全国民のための大統領を分断された国民の一方の側のための大統領に変えてしまった。

年金 アメリカのためのアメリカは軍事的には、世界の警察官の役割の放棄、北朝鮮との核をめぐる妥協、イラク、アフガニスタンからの軍隊の引き揚げといった形で具体化され、それだけ戦争のリスクは遠ざけられた。それが安全保障のディール化によることはさっき言ったとおりだ。

 一方、全国民のための大統領でなくなったトランプは、特定の階級を代表して「階級闘争」の先頭に立つ「革命家」になった。彼に代表される階級の中心をなすのが、製造業の衰退でかつての豊かさを失った白人労働者たちだ。「私たちは、首都ワシントンから権力を移し、国民の皆さんに戻すのです」と語ったトランプの大統領就任演説は、階級間の権力の移行を目指す「革命家」の演説だった。

30代 「革命家」なんてトランプに最もふさわしくない呼称だ。

年金 彼の登場の背景にあるのは国家からの権力の分散という前世紀からの世界史的な流れだ。米ソを超大国たらしめていた東西冷戦の終結は、両国からの権力の分散を促した。冷戦に敗北したソ連は解体し、その権力は連邦を構成していた国々と東欧諸国に分散した。それは米国の一極支配を確立するかに見えたが、敵を失ったこの超大国は超大国としての存在理由を削ぎ取られ、自らの権力の一部が、西側陣営と呼ばれた先進諸国などに分散するのを避けられなかった。

 加えて資本のグローバル化が国家から国家間システムへの権力の分散を加速した。代表的な国家間システムである国連やEUは一見すると、以前より力を低下させているように見える。だが、世界にはほかに多数の国家間システムが誕生しており、それらを足し合わせた権力は主権国家の方向を絶えず左右している。

アフガニスタンとイラクでの戦争の泥沼化は、アメリカの戦争遂行能力の著しい低下をあらわにした。戦争のリスクを少しでも除去することがアメリカにとってより大きな課題になった。トランプは自らの得意技でそれにこたえようとした。

30代 それを認めるとしても、分断を利用し、広げた彼の罪は小さくない。

年金 国家からの権力の分散は国家間だけでなく、各国内でも進んだ。消費の過剰化が個人への、産業のソフト化が企業への権力の分散を駆動した。ただし、企業への分散は均質に進んだわけではなく、ソフトな産業により多く、ハードな産業にはより少なく分散し、後者の企業の中には逆に権力を削がれるところも出てきた。アメリカならラストベルトと呼ばれる地域に立地する石炭・鉄鋼・自動車など斜陽産業の企業だ。

 分散した権力を手にした個人はそれに相応する処遇を求める。だが、ラストベルトの労働者たちは逆に冷遇されていると感じていた。それを察知し、責任はワシントンのエスタブリッシュメントにあると訴えたトランプは多くの労働者の代表になり得た。