ニュース日記 756 俳優の自殺が物語るもの
30代フリーター やあ、ジイさん。三浦春馬、芦名星、藤木孝、竹内結子と、この2か月余りのあいだに4人もの俳優が立て続けに自殺と見られる死を遂げた。
年金生活者 この職業に特有のきつさがいま一段と増していることを暗示している。
ウィキペディアにある著名な自殺者の一覧によると、俳優の自殺は2012年11月22日に死亡した玄也という俳優、スタントマンにまで8年近くさかのぼらないと例がない。2か月と10日ほどのあいだに4人というのは例外的な多さと言わなければならない。
30代 自殺が報道されると自殺率が上がる、と社会学などの専門家は考えていて、それを「ウェルテル効果」と呼んでいるそうだ。三浦春馬のあとに自殺が続いたのはそれが当てはまるかもしれない。
年金 だが、それがなぜ俳優だったのかという疑問にこたえるには、この仕事がいま置かれている状況を考える必要がある。
俳優というのは大勢に見られて成り立つ職業だ。見られれば見られるほど評価は上がる。それは当人の承認欲求を満たすのに飛びぬけた効果があるはずだ。その一方で、評価が上がったぶん、わずかな瑕疵を批判されるリスクを負う。かつてはそれを回避するために本人の個人情報は厳重にガードされ、「雲の上の人」としてのイメージがつくられた。
だが、現在はそうはいかない。かつては人気の源泉でもあった「雲の上」は今では不人気のもとになりかねない。日本人の大多数が貧しかった戦後しばらくの時期は、国民は「雲の上」の俳優を豊かさの代替物にして、いっときおのれの貧しさを忘れた。だが、高度経済成長を経て貧困から脱した現在は、もう俳優を「雲の上の存在」と見ることができなくなった。
俳優が人気を得るには「雲の下」にいること、親しみやすいキャラクターであることが必要となった。その結果、見上げられ、あこがれられる対象から、ときにはからかわれたり、とがめられたりもする対象に変わった。
「雲の上」から下りたぶん当人の個人情報に対するガードは緩めざるを得なくなる。SNSの普及はその情報を一瞬にして拡散するようになった。俳優は人気が出れば出るほど、からかわれたり、とがめられたり、たたかれたりするリスクが増大する職業となった。
かつては承認欲求を満たす効果が抜群だった人気の高まりが、いまはその逆の効果をも発揮する諸刃の剣となった。おのれを否定され、自尊心を損なわれる危険と隣り合わせの日々を送らざるを得ないのが現在の俳優と言っていい。
30代 そのことがなぜ死への跳躍につながるんだ。
年金 自殺は損なわれた自尊心を回復するための手段として選ばれる。自尊心はおのれを普遍的な存在とすることによって得られる。普遍的であることは多数に認められることを意味するからだ。死は人を普遍的な存在にする。生は徹底的に個別的な営みであり、その否定である死は個別性を脱して普遍性に移行することだからだ。
30代 警察庁によれば、今年8月の自殺者数は1854人(暫定値)で前年同期よりも251人、15%以上増加している。2019年までの全国の自殺者は10年連続で減少し、今年に入ってからも1~6月は前年同期に比べて減っていたのに、7月に入って増加に転じ、8月はさらに増えた。新型コロナによる影響の可能性は排除できない。
年金 次のようなツイートがある。「俳優、女優の自殺が相次ぐのは、いままで自分の人生かけて仕事してきて生き甲斐もあったのが、コロナでロケもまともにできず、不要不急と言われ、失望したってこともあると思うんだよね。人間はお金があっても自分が必要とされてないと感じると病む」「少なくとも芸能界は仕事が激減したのは確か」(永江一石、9月28日)
では、芸能界の中でもとりわけ俳優の自殺が続いたのはなぜか。歌手や芸人に比べると、俳優の仕事は衆目に身体をさらす度合がより大きく、浴びる視線の量もそれだけ多い。歌手は声を、芸人は話術をおもにさらす。つまり身体機能を部分的に、しかも比較的短い時間さらす。これに対して、俳優はそれらを含めた全身を長い時間さらして演技をする。
大勢の視線を全身に浴びてこそ俳優であり、そのことが本人の承認欲求を満たし、アイデンティティーの構成要素となる。もしその視線が遮断されたら、当人のアイデンティティーは危機にさらされる。新型コロナは、「3密」となるロケを困難にし、映画館を休業させた。歌手や芸人ならできたネット配信も、俳優には手間ひまがかかり過ぎて難しい。大勢の視線をさえぎられ、危機は避けられなかった。
30代 俳優に限らずコロナ禍の影響による自殺はこれから増える可能性がある。
年金 「不要不急」とされた芸能の仕事はコロナ自粛の影響をもろにこうむった業界のひとつだ。その中でもとくに俳優が打撃を受けやすいのはさっき言ったとおりだ。かつて炭鉱内で有毒ガスを感知すると鳴きやんで危険を知らせたカナリアを思い起こさせる。相次いだ俳優の自殺は今後の事態の悪化に備えるように促す警報として受け取る必要がある。