ニュース日記 754 菅政権と野党と若者
30代フリーター やあ、ジイさん。新首相の菅義偉は「自助、共助、公助」という言い方で自己責任、競争原理を重視する姿勢を示している。合流新党の立憲民主党の代表になった枝野幸男は「政治家が『自助』と言ってはいけない」(9月10日朝日新聞朝刊)と批判し、与野党の対立軸を「小さな政府」対「大きな政府」に置こうとしているように見える
年金生活者 自民党がそれを受けて立つかどうか。これまで、時に応じて政府を大きくしたり、小さ目にしたりしながら、長期政権を維持してきたのがこの党だ。たとえば「官から民へ」のスローガンで小さめにしたのが小泉政権であり、アベノミクスで再び大きくしたのが第2次安倍政権だ。欧米なら保守とリベラルの2大政党が交代ですることを自民党はほとんど単独でやってきた。そんな融通無碍な党を相手に、合流新党は肩すかしを食らう可能性もある。
枝野は「民進党までの綱領は、自己責任や自助を強調する新自由主義的な側面が残っていた。軸足が明確でなかった」(同朝刊)と語り、旧民主党とその後継政党に残っていた「小さな政府」路線を一掃する宣言をした。これに対して、菅政権が「大きな政府」路線を放棄するなら、新しい野党にとっておあつらえ向きの対立軸ができる。
だが、新型コロナで傷んだ経済を立て直すには、財政出動が不可欠であり、アベノミクスで大きくなった政府はさらに大きくなっている。「自助」を第1に置く菅政権でも、いまそれを小さくすることはできない。その点では与野党は一致せざるを得ず、政府の大小は対立点にならない。
30代 野党の主張する消費税の減税は争点になりそうだ。
年金 減税は本来「小さな政府」路線であり、立憲民主党がとろうとしている「大きな政府」路線とは矛盾する。それをどう始末するか。
「大きな政府」路線の中心政策になるのは社会保障だ。これまでその財源にあてられていた消費税を下げるとすれば、そのぶんをほかに求めなければならない。所得税の増税には国民はこぞって反対するだろうし、法人税の増税もこのコロナ禍ではとうてい無理だから、国債の増発に頼るしかない。インフレの危険がない限りそれは可能だし、コロナ禍の今なら「非常時だから」と説明できる。将来の消費税引き上げに言及し、翌日その火消しに回った菅は、この問題が衆院選の争点になりやすい環境をつくったともいえる。
30代 年代別の安倍政権の支持率が最も高かった若い層の声を集めて、政権の7年8カ月を振り返る記事を朝日新聞が掲載していた(9月12日朝刊)。若者たちがたびたび挙げたのが「自己責任論」だといい、「自分でどうにかせねば、と焦る若者たちと、『まず自分で』という菅氏の訴えは響き合うように見える」と指摘している。
年金 今の若者たちの間で自己責任論が目立つのは、それだけ自分で責任を負える範囲が、先行世代の若かったときよりも広がったためと推定される。広がった理由は、経済的な自由の拡張にある。すなわち選択的消費が必需的消費を上回り、選べる職業の幅も広がったことだ。同じことを別の面から言うと、経済的な自由の拡張が自尊心をふくらませ、何かに頼ることを嫌がる傾向を生んだとも言える。
30代 朝日新聞の記事は、新倉貴士という法政大教授(マーケティング)の見方を紹介している。「ネット上のような炎上を実生活でも避けたいのか、学生同士でも発言や振る舞いを気遣っていて『仮面』をかぶっているように見える」。若者たちは他人を批判することを控えているという指摘だ。
年金 人を批判しないのは、自分が批判されないようにするためだ。批判されるのを避けたがるのは、自尊心が損なわれるのを恐れるからだ。その自尊心は経済的な自由の拡張によって獲得された。自由を手にすることは、別の面から見れば権力を手にすることでもある。その権力に見合った処遇への欲求が自尊心を高める。
批判されるのを嫌がる若者たちは、他人が自分以外のだれかを批判されるのも嫌がる。政権を批判する者は「ウザイ」と感じる。
ただし、このことは若者たちがいつも国家権力に従順であることを意味しない。彼らに批判を抑制させているものが自尊心である限り、もし政権が若者たちを見下すようなことがあれば、たちまち彼らの反発を受けるだろう。安倍晋三ほど「かわいく」なく、こわもて風の菅義偉にはそのリスクがある。
30代 同じ朝日新聞の記事は、大学構内で安保法制反対を訴えたら、知らない人たちに勝手に写真や動画を撮られたという大学院生の話も紹介していた。「どこから矢が飛んでくるかわかならい。それが怖いなら、政権を批判しちゃいけないんだ」
年金 この院生はおそらく大学内では少数派だろう。菅義偉はそうした少数者に冷たい官房長官だった。記者会見で政権批判をする東京新聞記者をあざ笑うような応答をしてきたことにもそれがあらわれている。彼は官房長官時代以上に政権批判を許さない姿勢を強めるかもしれない。それがつまずきもとになるかもしれないリスクをはらみながら。