がらがら橋日記 職員室の風景②
蹴ったり叩いたりは、子どもの日常だが、度が過ぎるとさすがに放っておくわけにもいかない。
一日中小競り合いの絶えないクラスの火元連中をしばらく職員室に通わせた。一日の終わり、下校前にぼくのところにやってくる。
「今日は、パンチもキックもしていません。」
それを聞いて、ぼくは担任がこしらえたカードにシールを貼る。五つシールが並べば職員室に通わなくてよい、という特典がある。褒める励ます、というのが教師の仕事で、その効用は常日頃繰り返し聞かされる。だが、狸親父になっているぼくは、人を叩いたり蹴ったりしなかったぐらいで褒めてもらおうなんて、自分を安売りするんじゃねえ、と思っているので、
「そうか。」
と素っ気ない。それでも、シールが並んでいくのはうれしいらしく、ほとんどの子が最短で職員室通いを終了していった。
「これで終わったからといって、明日からパンチやキックをしていいってことじゃないよ。ずっとやっちゃいけないんだ。」
「はい。」
歯医者通いの最終日みたいなすっきりした笑顔を浮かべて、中にはガッツポーズなどしてみせて、職員室を後にする。
一人、なかなか終わらない男の子がいた。
「今日は、パンチしました。」
「だれに?」
しばらく目を天井に向けて記憶をたどり、ボソッとパンチを浴びせた子どもの名を告げる。ここは、諄諄と暴力の非を説くところだが、そんなことは担任が日々繰り返しているので、狸は言わない。子どもは早く帰りたいのだ。引き留めて説教されたら、それこそ暴力の元、憤怒の種を播くことになる。
「そうか、残念だな。」
それからもシールが二枚並ぶがせいぜいで、パンチやキックが止まらない。それがその子の表現であり、関わりたい気持ちの一つの形なのだが、そのままにしておくわけにもいかない。
「では今日から、パンチやキックをしなかったら、ありがたいおまじないを書く。」
シールに加えて、短冊に筆ペンで論語の一節を書いて渡した。明日もパンチキックをしなかったら続きを書く、と約束した。
続きがほしかったらしい。狸の書く意味の分からぬ漢文をニコニコしながら見つめること五日、その子は無事満願を迎えたのである。