ニュース日記 753 「かわいい」政権から「手ごわい」政権へ

30代フリーター やあ、ジイさん。鈴木涼美という、元AV女優で元日本経済新聞記者の文筆家が朝日新聞で「安倍さんが長く支持されるに至った強みは『かわいさ』だ」と指摘していた(9月6日朝刊)。

年金生活者 「かわいさ」が大きな価値として流通する今の私たちの社会を映し出している。

30代 「坊ちゃん育ちの保守政治家で、エリート左派のような冷たさがない。政策とは別文脈で人間的にチャーミングだと思わせる魅力があったのだろう。どこか憎めない感じは、トランプ米大統領にも共通する」。彼女は安倍晋三の「かわいさ」をそう説明している。この「かわいさ」こそが有権者に疑惑や失政を大目に見させたんだと。だとしたら過去の政権とはずいぶん違う。

年金 安倍政権は若者の支持率が他の世代より高いところに特徴がある。「かわいさ」ゆえに政権を支持したのもおもに若者たちだろう。
 従来の政権は主として「強さ」によって国民の支持を集めてきた。「強さ」は国民生活を豊かにする政策の「実行力」と言い換えればわかりやすいかもしれない。若者たちは、そうした「強さ」を先行世代ほど政権に求めなくなったと考えることができる。
 国民が政権に「強さ」を求めるのは、自分たちの「弱さ」ゆえだ。この場合の「弱さ」とは、向上も安定もしていないと感じる自らの生活の状態を指す。それを変える力を「強い」政権に期待する。自民党はその期待に曲がりなりにもこたえることで長期政権を維持してきた。その過程で、大多数の国民があすの食べ物やあすの働き口をほとんど心配しなくて済む時代が到来した。家計に占める選択的消費は必需的消費を上回り、職種も多様化して職業選択の自由が広がった。
 国民はかつてのような「弱い」国民ではなくなり、そのぶん「強い」政権に頼る必要がなくなった。このことをいちばん敏感に感じ取っているのが若者たちだろう。「強い」のはときとして「ウザイ」とか「上から目線」とさえ感じる。求めるのはおのずとそれとは反対の「かわいさ」ということになる。

30代 安倍晋三はそうした「かわいさ」の陰で、集団的自衛権の行使を容認し、敵基地攻撃能力の保有を検討するなど、日本を戦争のできる「かわいくない」国にしようとしてきたとも言える。

年金 だとしても、それによって実際にできる戦争は熱い戦争、リアルな戦争ではなく、抑止力を競う冷たい戦争、バーチャルな戦争だけだ。若者たちは破壊と流血を「かわいい」とは思わないだろう。

30代 菅義偉が総理大臣になったらどんな政権になるだろう。

年金 彼は朝日新聞のインタビューで、憲法改正は「まずスケジュールありきではない」と語っている(9月8日朝刊)。改憲を半永久的に先延ばしする宣言と言っていい。「自民党は党是として掲げている。そこは挑戦していきたい」と言っているのは、歴代自民党政権と同様、改憲は「有言不実行」にとどめるという意味だ。つまり世論の多数派に従おうとしている。
 ただし、看板だけはおろさない。おろせば、自民党の結束は緩み、改憲を望む少なくない国民を失望させる。おそらく憲法改正は安倍政権のときのような与野党の対立軸にはならない。

30代 野党などが再調査を要求している森友学園をめぐる財務省の公文書改竄問題は、菅政権になっても与野党の対立が続きそうだ。

年金 菅は再調査の意思は示さず、「二度と再びこうしたことが起こらないような体制、仕組みをつくらないといけない」と語っている。そこは本気だろう。政権を揺るがす改竄が菅の知らないところで行われていたとしたら、「下手を打ちやがって」と舌打ちしたと想像されるし、彼の指示あるいは黙認のもとに改竄がなされていたとしたら、「この手は二度と使えない」と思ったはずだ。
 二度と起こらないような体制、仕組みとして、総裁選の公約のひとつである「行政のデジタル化」を想定しているのかもしれない。文書がデジタル化されると改竄が難しくなるからだ。彼は「コロナ禍で浮き彫りにされたのはデジタル化の遅れ。ぜひやりたい」とインタビューで語り、「デジタル庁」の設置に意欲を示している。公文書改竄、コロナ対策のもたつきといった安倍政権の「負の遺産」を実務によって帳消しにしていこうとする姿勢がうかがえる。

30代 デジタル化は失政にフタをする道具か。

年金 行政のデジタル化は、菅の強調する「役所の縦割りをぶち破る」ための強力な武器になる。「これまでは違う次元にあると見なされていたものを連結するのがインターネット」(吉本隆明『超「20世紀論」下』)だからだ。それによって行政サービスの迅速化、簡素化が一気に進み、国民は歓迎するだろう。
 この政策を徹底して進めれば、小泉政権の郵政民営化のような人気政策になる可能性がある。菅は党役員・閣僚の人事も「各派閥からの要望は受け付けない」と、当時の小泉と似たことを口にしており、菅政権が「第2の小泉政権」として国民の喝采を浴びる可能性だってある。合流野党は手ごわい政権を相手にしなければならなくなった。