ニュース日記 735 ウイルスとは戦争できない

30代フリーター やあ、ジイさん。「これは戦争だ」と繰り返すトランプの言葉を引いて、朝日新聞が戦時経済色を強めるアメリカの様変わりぶりを伝えている(4月20日朝刊)。

年金生活者 アメリカに限らず、新型コロナウイルス対策を「戦争」と呼ぶのは、比喩にとどまらず、実態を表す言い方になっている。
 これだけ大がかりな人の移動の制限がこれまで戦時以外に行われたことがあっただろうか。ウイルスを封じ込めることに主眼を置いた各国の新型コロナ対策は、敵を封じ込めることを目指す「戦争」に近いアクションということができる。
 敵軍なら、封じ込めれば、補給を断たれ、降伏するかもしれない。だが、ウイルスは封じ込めをゆるめればたちまち動き出す。武装解除することはできない。そうである以上、ウイルスの攻撃にいちいち反撃するのではなく、「被害を最小限に抑えつつ、私たち人類が集団としての免疫を獲得すること」(山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授、3月11日朝日新聞朝刊)によってウイルスと「共存」する以外にない。

30代 それは勝つか負けるかしかない戦争の常識に反するな。

年金 それでも各国政府が新型コロナに「戦争」のように臨むのは、「被害を最小限に抑え」るのに封じ込めが必要だからというだけではない。
 国家の主要な機能は富の再分配と国防・治安だ。国家が諸問題を解決するために持ち合わせている手段はほとんどそれだけといっていい。新型コロナに対しても現金給付をはじめとする再分配と、封じ込めを目指す「戦争」によって事態を始末しようとしている。
 国家を共同の意志の主体と考えるなら、国家はそれらの機能を発揮することによっておのれの存在理由を保とうとするはずだ。抑止力を競う冷たい戦争しかできなくなった21世紀の国家にとって、ウイルスを敵とした熱い「戦争」は冷たい戦争のリアリティーの不足を補ってくれる。個人や企業への権力の分散が進んだ現在の国家にとって、戦時経済は分散した権力を回収するかっこうの手段だ。

30代 そこに無理が生じる。

年金 「戦時」の統制経済、すなわち過剰な再分配による自由な市場の棄損と、私権制限による個人の自由の侵害に対する反発がいまアメリカで都市封鎖の解除を求めるデモとなって噴出している。
 強制ではなく自粛で事態を乗り切ろうとしている日本はその点で諸外国より「戦時」色が薄い。その背景には、強制されなくても進んで服従する、天皇制下で形成された日本人のメンタリティーと、憲法9条に結晶した、戦争を忌避する国民のアイデンティティーがあると考えることができる。

30代 緊急事態宣言を全国に拡大したときの安倍晋三の記者会見をリベラル派のジャーナスリトの津田大介が「冒頭スピーチは今までで一番良かった」とツイッターでほめていたのは意外だった。もっとも、そのすぐあとで批判もしていたが。

年金 外出の自粛を求めることは、経済にブレーキをかけ、国民生活を脅かすことを意味する。安倍晋三はいま自らの政権を危うくするかもしれない政策の実行をウイルスに強いられている。
 記者会見は本人がそのことをよく承知していることをうかがわせた。気に入らない質問に時おり見せるけんか腰の構えは影を潜め、国民にじかに訴えかける話し方を心がけているように見えた。政治信条としてきた「闘う政治家」(『美しい国へ』)のファイティングポーズはそこにはなかった。
 分断が進む社会で、分断の向こう側の相手を攻撃することで味方の結束を固め、選挙に勝ち続けてきた彼にとって、それは戦略転換を意味する。彼は新型コロナへの対処を「戦い」と呼んではいるが、人間相手の戦いとは違って、ファイティングポーズで威嚇したり、目くらましをしたりする戦術が通用しないことをこれまでに思い知らされたはずだ。「闘う政治家」としてだれかを敵とするのではなく、国民すべてに訴える語り口を津田大介は評価したのだと思う。

30代 朝日新聞の世論調査(18、19日)によると、安倍内閣は支持率41%と不支持率41%が拮抗している(4月21日朝刊)。政権が危ういなどとは言えない数字だ。

年金 その世論調査では、外出の自粛やイベントの中止にストレスを感じるかとの問いに「それほどでもない」が58%と、「感じる」の40%を上回っている。バーチャルな外出やイベントを可能にするインターネットの存在の大きさを感じさせる数字だ。
 インターネットのない時代だったら、外出規制で人影のなくなった街でこっそり営業する秘密の飲み屋ができたかもしれない。だが、現在の日本ではウェブ会議アプリを使った「オンライン飲み会」が広がりだし、それ専用のサービスまで出現している。
 調査では、首相は指導力を「発揮していない」が57%に及んでいるのに、支持率が底堅いのは、現職に代わる人物が見当たらないからというだけでないだろう。自粛によるストレスを「それほどでもない」と感じている58%が、指導力を「発揮していない」と考える57%を相殺していると考えることができる。