ニュース日記 733 新型コロナウイルスが変える世界
30代フリーター やあ、ジイさん。新型コロナウイルスは、富者も貧者も、有名人も無名人も、多数派も少数派も分け隔てなく襲う。志村けんの死はそれを実感させた。
年金生活者 ウイルスから逃れようとして、富者がカネの力に、有名人がファンの力に、多数派が数の力に頼ろうとしても、無駄どころか逆効果になる。自分だけ助かろうとする行動は自分以外の人びとの感染を広げ、そのぶん自分も感染するリスクを増大させる。
新型コロナの流行でマイノリティーや社会的弱者への差別が世界各地で起きていることについて、内田麻理香というサイエンスライターが朝日新聞で次のように語っている。「マイノリティーを共同体や医療から排除することは、結果的に感染のセキュリティーホールを広げることになる」(3月29日朝刊)
その危険を除去する責任は第一義的に国家にある。国家がマイノリティーを分け隔てなく遇することは、国家が利益を供与するパイプを特定の集団や層に対してだけでなく、すべての人たちに開くことを意味する。吉本隆明がたびたび強調した「国家を開く」ことの具体化のひとつがそこにある。
30代 現実の国家はそうなっていない。
年金 パンデミックによる経済への打撃は、各国政府に個人への現金給付政策を強いている。それはベーシックインカムのように恒常的なものではないが、昔からある特定の層や集団に的を絞った給付とは違う。このことは国家のもつ再分配のパイプが今までよりも幅広い人びとに対して開かれることを意味する。
新型コロナは各国の情報の通る扉を大きく開け、その移動を高速化した。閉鎖国家の中国が感染に関する情報をリアルタイムで発信しだしたことにそれは象徴されている。諸国家は世界同時的に自らを対外的に開き始めた。それと同時に対内的にも、再分配のパイプを中心に自らを開きつつある。
30代 国家を閉じる究極の行動が戦争だとすれば、このウイルスは戦争を阻む働きもするだろうか。
年金 米海軍の原子力空母セオドア・ルーズベルトでの感染拡大は、ウイルスがこの超大国を戦争どころではない状態に追い込んでいる象徴的な出来事と言っていい。国家間の熱い戦争、リアルな戦争はすでに不可能に近いのが現在の歴史段階であり、パンデミックはそれをいっそう確実なものにする作用をしている。
30代 だが、内戦中のシリアでは、感染者、死者が出ている中で戦闘が続いている。
年金 国家と国家の間の戦争なら存在する双方の当事者能力が、内戦の場合は不十分にしか存在しない。政府は国内を統治する力を失っているという意味で、そして反政府勢力は国家のような統治のシステムを備えていないという意味でそう言える。当事者能力が不十分ということは、戦争の停止に不可欠な、自らを開く能力も不十分であることを意味する。
これまでそんな場合は内戦の当事者以外の単数または複数の国家が停戦を仲介することがあった。だが、シリアではロシアやトルコといった、仲介役になってもいい国家が内戦に加わっている。国家間の戦争を阻まれた国家がその代替として内戦への介入を続けている姿がそこにある。
国家に備わっている、自らを開く能力は、国家の単独の力ではない。国家間システムがそれを支えている。というよりも、このシステムは国家の存立そのものを支えている。ウェストファリア条約を元祖とする国際法、国連をはじめとする国際組織、国家間の諸条約、それらなしに現在の国家は成り立たない。
今のシリアには、この国家間システムに相当するものが不在だ。新型コロナはWHOの存在をきわ立たせ、諸国家間の情報の通路を拡張するなど、国家間システムを活性化させた。それと同様のことがシリアに起きるかどうか、まだ見通すことはできない。
30代 自由を何よりも優先するアメリカ人が一斉に家に閉じこもるなんて想像もできなかった。
年金 このウイルスは私たちに利他的な行動を強いる。他人からうつされないようにするだけでなく、他人にうつさないように行動しないと、感染がいっそう広がり、わが身に危険がおよぶからだ。うつされる危険だけではない。感染の拡大が医療崩壊を招き、自分が重症者、さらには死者のひとりになる確率を高める。
流行が長期化すると、私たちの利他的な行動も長期化し、やがて習慣化する。流行が終われば習慣はいったん衰退するだろうが、再び新たなウイルスが世界を襲い、しかもそれが繰り返される可能性が高いとなると、人類は自らの行動様式をそれに備えたものに変えざるを得ない。
このことは社会もまた利他的な行動をスタンダードとする社会に変容せざるを得ないことを意味する。いま世界を覆っている競争原理はその領分を縮小していき、それに代わって共生原理が拡大していく可能性がある。今後もパンデミックが繰り返される可能性がある以上、国家はそれに対応する富の再分配システムを構築することを迫られるからだ。資本主義の高度化とテクノロジーの発達が加速する富の稀少性の縮減がそれを可能にする条件を用意しつつある。