ニュース日記 728 分断から統合へ向かうことができるか

30代フリーター やあ、ジイさん。米大統領選の民主党の候補者選びで穏健派のピート・ブティジェッジが勢いづいている。「彼なら民主党をまとめ、米国を再び一つにできる」という支持者の声が伝えられている(2月15日朝日新聞朝刊)。

年金生活者 もし彼が候補者に指名されれば、米国社会の分断を利用して支持を集めてきたトランプに対して、社会の再統合を期待される大統領候補になるだろう。
 社会の分断は消費の過剰化にともなう国家から個人への権力の分散がもたらした。国家にとって社会の分断は分散した権力の回収をはかる助けになる。ローマ帝国のような「分割統治」がやりやすくなるからだ。選挙戦で味方の結束をはかるために分断をあおる言動を繰り返してきたトランプは、そうした国家による権力の回収に手を貸してきた。
 これに対して、社会の再統合は「分割統治」を難しくし、国家への権力の回収を阻む作用をする。ただ、統合は画一性や統制につながりやすく、そうなると逆に国家への権力の回収をあと押しする。米民主党の掲げる多様性の尊重はそれに歯止めをかける概念と言っていい。
 ブティジェッジが民主党の候補者になれるかどうか、なってもトランプに勝てるかどうかは今だれも予測できないとしても、現在のアメリカ社会に分断から統合へ向かう潮流が生まれていることは見て取ることができる。

30代 アメリカ社会の分断は簡単には埋まりそうにない。トランプの一般教書演説の直後に民主党の下院議長ペロシはその草稿を破り捨てたと報じられた(2月5日朝日新聞デジタル)。

年金 右か左か、保守かリベラルかといったイデオロギーの対立は古くからあった。それはおもに政治家どうしの争いとして存在した。一般の国民どうしがじかに争うことは少なく、代わりに政治家が国民の間にある考えの違いを代理して争っていた。
 ところが、国家から個人に権力が分散しだすと、個人はそれを使って自前で争えるようになった。その結果、イデオロギーのせめぎ合いは政治の領域から社会の領域へと拡大した。
 それ以前の社会なら、個人どうしはイデオロギーが違っていても、争わないで済ますこともできた。争いは政治家にまかせ、自分たちは仲良く暮らすこともできた。だが、自らが争いの当事者になると、イデオロギーと日常生活は別だと割り切れなくなる。
 そうした変化を敏感に察知したのがトランプだった。深い分断が生じてしまった以上、分断の向こう側にいる相手を自分たちの側に引き込む努力をしても無駄に終わる可能性が高い。それなら、逆に分断をあおって自らの支持者の結束を固めたほうが効率的だ。

30代 安倍晋三が国会で「野党に敵意むき出し」(2月14日朝日新聞朝刊)のヤジや答弁を繰り返してきたのは、野党をこき下ろすトランプをまねたのではないか。

年金 分断した社会では、厳しい政権批判も、政権に対する国民の異議申し立てとしては扱われず、政権のイデオロギーを支持する側と反対する側の争いとみなされる。逆に政権の担当者が反対する相手を罵っても、公平性を欠いているとは見られず、イデオロギーの異なる勢力どうしの争いとしか受け取られない。
 トランプや安倍晋三が、品性がないとなじられようと、全国民の代表者として公平でないと批判されようと、野党を罵ることを繰り返してきのは、それが分断をいっそう煽ることになって「分割統治」がしやすくなるからだ。
 野党は政権を批判すればするほど、この統治の仕掛けにはまってしまう危険性があることを知る必要がある。

30代 郷原信郎という弁護士が、新型コロナウイルスによる肺炎に対処するため、「安倍内閣総辞職」「超党派の『大連立内閣』」を提案している(2月14日Yahoo!ニュース)。

年金 古代社会で災厄に見舞われると王殺しが行われたように、3・11震災は民主党政権を崩壊に導いた。それと同じように、新型コロナウイルスによる感染症が安倍政権の寿命を縮める可能性はある。
 3・11原発事故は日本国民を恐怖に陥れた。放射線は雨や風や波と違って目に見えない。拡散の範囲が広く、いつどこでそれを浴びるかわからない。前例のない事態を前に多くの国民は原爆を思い浮かべたに違いない。それが恐怖を増幅した。
 事故の直接の責任は時の政権にはない。しかし、国民は持って行き場のない怒りや恐怖を政府にぶつけるしかなかった。民主党を政権から引きずり降ろさずにはいられなかった。古代の王殺しが再現された。
 新型コロナウイルスは放射線に似たところがある。目に見えない。国境を越えて拡散し、いつどこで感染するかわからない。それに対する恐怖は放射線ほどではないが、日本国内での感染はこれから急拡大する可能性があり、そうなったとき国民の恐れは今より増大するだろう。

30代 そのとき郷原の提案が受け入れられる可能性はあるだろうか。

年金 超党派の大連立は無理でも、超党派の対策チームくらいはつくって知恵や情報を出し合ったほうがいい。問題は政権と野党に分断から統合に向かう度量があるかどうかだ。