ニュース日記 727 難しい中国

30代フリーター やあ、ジイさん。新型コロナウイルスによる肺炎の流行をめぐって、中国共産党最高指導部の政治局常務委員が「今回の対応であらわになった欠点や不足について対処能力を高める必要がある」と強調した、と報じられていた(2月4日朝日新聞朝刊)。「党中央が自らの“失策”を認めるのは異例だ」とも伝えられている(2月3日産経新聞電子版)。

年金生活者 閉じられた独裁国家の扉の一部をウイルスがこじ開けたといえる。
 国家を閉ざす扉はひとつではなく、いくつか想定できる。思想的な扉、経済的な扉、科学的な扉に分けて考えてみると、この中でいちばん閉ざされやすいのが思想的な扉であり、経済的な扉はそれより開かれやすく、科学的な扉は最も開かれやすい。つまり証拠をあげやすい順に扉が開かれやすくなっている。だれの目にも否定できない新型コロナウイルスが科学的な扉を開けるのは不可避だった。
 経済的な扉がそれに次いで開かれやすいのは、経済が自然科学ほどではないにしてもある程度の法則性を備えているからだ。経済に関するルールはその法則性に沿ったものにせざるを得ない。このことが各国の経済運営に共通性を帯びさせている。共通性があれば、扉を閉ざす必要度も低い。
最も閉ざされやすい思想的な扉は、独裁政権が国家を占拠すると、たちまち閉じられてしまう。個人の自由と人権が抑圧されている中国の現状がそれに該当する。

30代 科学的な扉が開けられると、その影響で他の扉、とりわけ最大の問題の思想的な扉が開かれやすくなることはないのか。

年金 新型肺炎の流行が長引けば、経済の停滞が国民生活を脅かし、独裁の強化を進めてきた習近平政権にあらがう動きを誘発する可能性も考えられる。国民が独裁政権に面従腹背してきたのは、経済成長があればこそだったからだ。だが、その種の期待はこれまで何度も生まれてはついえた。

30代 中国は扉を開けたがらないくせに、外に向けて勢力を拡張しようとしている。

年金 中国の軍備の拡張、領海の拡張、経済圏の拡張を、アメリカは世界の安全保障上の最大の問題ととらえているように見える。だから犠牲を払う覚悟で貿易戦争を仕掛けた。
 中国の拡張志向を「帝国主義」と呼んで警戒を促す主張もある。そうした一面が中国には確かにある。だが、19世紀から20世紀にかけて欧米列強が植民地の争奪戦を演じた古典的な帝国主義に比べると、流血や破壊をともなわないぶんだけ、まだ平和的と言える。
 背景には東西冷戦を境に世界の戦争の本流が、熱い戦争、リアルな戦争から冷たい戦争、バーチャルな戦争に移った世界史的な変化がある。その変化以前に中国が現在のような力をつけていたら、古典的な帝国主義戦争に加わっていた可能性が高い。
 それを封じられた中国はGDP世界第2位の経済力と軍事費世界第2位の抑止力を使って、アメリカと世界の覇権を争う冷たい戦争、バーチャルな戦争を続けている。

30代 まったく先の見えない戦争だ。

年金 この戦争での両国の戦略は異なっている。その違いは資本のグローバル化にともなう、国家から国家間システムへの権力の分散への対処の仕方にある。
 古典的な帝国主義の時代には現在ほど国家間システムが多くなく、その権力も今よりずっと弱かった。現在は国連やEUをはじめとして数多くの国家間システムが地球を覆い、国家から分散した権力を手にして歴史を左右する主体のひとつになっている。
 この国家間システムから権力を回収し、自国に戻そうとしているのが、トランプのアメリカだ。パリ協定離脱、イラン核合意離脱、TPP離脱。NATOでのアメリカの負担が大きすぎると不満を表明し、同盟国には米軍駐留経費の負担増を要求する。国家間システムを無視するように2国間取り引きを望むトランプは、古典的な帝国主義の時代のような国民国家全盛の時代に戻りたがっているように見える。

30代 中国もナショナリズムに傾斜している点では同じだろう。

年金 そうとばかりは言えない。中国はいっそ自分たちが国家間システムになってしまえばいいと考えているように見える。「華夷思想」がその考えを支えている。中国が文明の中心(中華)で、周囲は未開の野蛮人(夷狄)という思想だ。これにもとづいて中国の歴代皇帝は周辺の国々に朝貢をさせ、その見返りにその国の王を王として認めた。
 習近平が打ち出した巨大経済圏構想「一帯一路」はそうした「華夷思想」の現在における具現化とみなすことができる。アジア、中東、アフリカ東岸、ヨーロッパにまたがる広大な地域の道路や鉄道、港湾、通信などのインフラ整備を中国が支援するこの構想に、かつての中華帝国の復活を目指す野心を感じ取ることができる。
 国家間システムをできるだけ減らし、その力を弱めることが自国の力を強めることになると考えるアメリカ。国家から分散した権力を手にする国家間システムに自らがなってしまえばその権力もおのれのものになると考える中国。両者の覇権戦争は、国民国家の原理と帝国の原理の戦いでもある。