がらがら橋日記 再任用
K君とはす向かいで飲んだ。彼は、中学校の校長をしている。同学年であるゆえに、ずっと前から知ってはいるのだが、それほど親しかったわけではなく、これまであいさつを交わす程度だった。必要があってしばらく込み入った話をしていたが、ちょっと流れが変わったのを捉えて、K君が聞いてきた。
「再任用する?」
再任用というのは、退職後に教諭として再度教職に就くことをいう。K君もこんな話するのか。互いに定年が見えているのだから関心が高くて当たり前だが、なぜだか不意を突かれた気がした。
今は六十歳を越えた教員がどこの学校にもいて、その割合も年々増加している。だいたい島根県の教員は、我々世代が非常に多くて、今までずっと同年代の群れとともに学校に棲息してきたのだが、それがために、若い世代の入り込む余地がずっと乏しい状態が続いた。
年金受給までのつなぎとして再任用制度が始まると、定年による強制退去がなくなり、給料は3分の2になるものの続けたければ続けられる。ありがたい話だが、結果的に相変わらず若い人の座るべき椅子を奪っているわけである。
「いや、する気ない。」
ぼくがそう言うと、意外なことにK君は、ぱっと笑みを浮かべて、
「ぼくも。」
と、手を伸ばしてきた。ほほう、ここで握手まで求めるか。いいよ、いくらでも応じますよ。こんなことする人だったんだ。
「それで、何をする?」
まだ聞くか。K君、ぼくはまったくお粗末なことしか考えられてないのだよ。緻密な仕事ぶりで要職を務めてきた君に聞かせるようなことが言えないのだが…
「とりあえず、遊び倒す。」
哲学も何もない。無計画をさらけ出しただけなのに、えっ、彼の顔はさらに輝きを増しているではないか。その上、二度目の握手まで。
「何をして?」
「行きたいところいろいろあるからね。」
「ぼくもだ。それでどこに?」
「信州とか、富山とか、北海道にも行きたい。」
「いやあ、まったくいっしょだ。うれしいな。ぼくも行こうと思っている。ボリビアのウユニ塩湖、そしてカナダのオーロラ、それからツバルも、それと…」
三度目の握手に応じながら、心の内でつぶやく。
「どこがいっしょだ。」