ニュース日記 725 安倍政権はなぜ選択的夫婦別姓の導入を渋るのか

30代フリーター やあ、ジイさん。衆院の代表質問で、国民民主党代表の玉木雄一郎が、選択的夫婦別姓の導入を求めたところ、それなら結婚しなくていい、という趣旨のヤジが自民党席から飛んだ、と報じられている(1月22日朝日新聞デジタル)。ヤジの主は右派議員として知られる杉田水脈と推定されている。

年金生活者 選択的夫婦別姓に反対する勢力ついてコラムニストの小田嶋隆が書いている。「不思議なのは、日本の伝統的な家族観を守るためには、伝統的家族観を守りたいと思っていない人たちに対しても伝統的家族観を守ることを強制しないといけないと思い込んでいる人たちがいることだ」(「人の結婚に介入したがる彼らは何者なんだ?」、1月24日日経ビジネス)
 反対勢力は「日本の伝統的な家族観を守るためには」それを「強制しないといけないと思い込んでいる」というよりも、「伝統的家族観を守ることを強制」することこそそれを守ることなのだと思っていると理解したほうがいい。つまり、家族観は「選択」されるべきものではなく、国家によって強制されるべきものである、と彼らは考えていると推察される。

30代 そんなとんでもない考えを今の国民が受け入れるはずがない。

年金 戦中、戦前にさかのぼれば、それはあたりまえの考えだった。家族のあり方は選び取られるものではなく、強制されるものであるというのが大多数の国民の考えだった。
 夫婦別姓に反対する勢力は、そうした戦前、戦中の家族観を取り戻したいと考えているということだ。これは家族を含めた私的な領域と国家という公的な領域を別次元のものと考えず、地続きとみなす近代以前の国家観にほかならない。

30代 夫婦同姓は明治になって初めて定められた制度で、江戸時代までは庶民には姓すらなく、姓をもつことができた武士も別姓の夫婦はいくらでもいた。それなのに、右派勢力が夫婦別姓に反対する根拠として同姓を日本の伝統と主張するのは矛盾しているという批判がある。

年金 彼らはそれをわかっていて、それでも矛盾とは感じていないはずだ。彼らにとって夫婦同姓以上に大事なのは、家族のあり方を国家が一律に強制することだからだ。より広く言えば、私的な領域が公的な領域に、市民社会が国家に従属する近代以前の状態こそ理想の国家のあり方と彼らは考えている。
 それが夫婦同姓への固執に結びつくのは、同姓が個人の自立を阻む力を持っていると考えているからだろう。個人は国家に従属すべきだと考える彼らにとって個人の自立などもってのほかというのが本音のはずだ。

30代 明治政府が夫婦同姓を定めたのはフランスの伝統を輸入したからで、日本の民法づくりにフランスの法学者ボアソナードがかかわったためと池田信夫が解説していた(1月24日アゴラ)

年金 当時の政府が同姓を制度として選んだ理由はそれだけでなく、おそらく別の思惑があったと考えられる。一種の地方分権だった幕藩体制のもとでは、公権力が庶民の間近に存在していた。庶民の生活にいつでもどこでも介入でき、個人の自立を阻むのに好都合なポジションにあった。
 明治維新によって中央集権国家が成立すると、庶民のすぐそばでその生活を縛ることのできる地方権力は消滅した。夫婦同姓はそれに代わる縛りとして導入されたと推定される。夫婦別姓を求める理由のひとつに個人の尊重があげられているように、同姓の強制は個人の自立を阻む力となる。個人の自立を認めないこと、私的な領域を公的な領域に従わせることは日本(ばかりではないが)古来の伝統であり、それを守ることこそ、夫婦別姓に反対する右派勢力の望むところにほかならない。
 安倍晋三が去年の臨時国会で「みんなちがって、みんないい」と金子みすゞの詩まで引用して「多様性」を強調しながら、多様性の拡張である選択的夫婦別姓の導入を渋っているのは、そうした右派勢力をコアな支持層に持つからだ。

30代 なぜ彼らはそうした古い国家観に固執するのか。

年金 選択的消費が必需的消費を上回る消費の過剰化が国家から個人への権力の分散を駆動する世界史の流れに国家の存立の危機を感じ、分散した権力を回収しようと、個人を国家に従属させる前近代的な国に日本をあと戻りさせたがっていると推察することができる。
 分散した権力の回収は自らの存立基盤に揺らぎを感じた国家が安倍政権に対して発した命令だ。その命令書は国家を個人の上位に置く右派勢力の復古的なイデオロギーの形を取って安倍晋三らに手渡された。政権がそれに拘束されるのは、逆らえば自らの中心的な支持層を失うからだ。
 だが、そうした復古的なイデオロギーをそのまま現実の政治に適用すれば、分散した権力を手にして自立意識を強めている国民の離反を招き、分散をさらに助長する恐れがある。だから、安倍政権は国家第一のイデオロギーとは正反対の「多様性」を強調せざるを得ない。けれど、夫婦別姓は認めない。そうした中途半端さは政権の弱点であると同時に、内閣支持率の底堅さを支える要因のひとつとなっている。