がらがら橋日記 枕木山
「元日、枕木山に登らない?」
山仲間との忘年会で誘われた。松江の地元ではそこそこ名の通った山なのだが、主にはテレビ塔がある山として親しまれている。
「殿さん道っていう松江城主が通った道があってね、そこを通ってみようと思うんだ。車道じゃないよ。前の日雨が降ったら、たぶんぬかるむ。」
これまでに行ったことは何度もあるが、最後に行ってから三十年は経つだろうか。だれも車で行くところで歩いて登る山だとは思っていない。そこをぽっつりぽっつり登るのも、いかにも正月休みならではでおもしろい。行ってみようと思った。
北山山系川部集落の谷筋を上り、表示もない山道を進んでいく。前夜の雨で道が川のようになっているところもあったし、なかなかの急勾配もあって、山登りの気分はそこそこ味わえる。
「殿様も歩いて登ったのかねえ、駕籠かなあ、それとも馬?」
山頂には、臨済宗の古刹華蔵寺があり、往古のにぎわいをしのぶことができる。城主の庇護がなくなれば、観光化して維持していくほかないのだろうが、テレビ塔とセットで人を集めていた昭和も遙か昔になった。今も参拝する人があるのだろうか。誰にも会わないけれど。途中にあった休憩所、テレビ塔に隣接した食堂、どれもシャッターを下ろして人気がない。正月だからではなく、もうずっと長く誰も顧みなくなった陰気な吐息が建物から漏れてくるようだ。
山頂に着くと、中海と宍道湖が一望にできる展望台で湯を沸かし、山仲間の一人が用意した餅と小豆で雑煮を作ってくれた。
崩落の進んだ華蔵寺を参拝し、帰途につく。
枕木山がまだにぎやかだったころ、学校のロードレースとして登ったことがある。グループを組んで協力して登れ、などと妙な設定であったため、早々にバテた私は、グループの足を引っ張ることになってしまった。散々な結果を、
「お前のせいだ。」
との面罵とともにのみ込まなければならなかった苦い記憶は、思った通り今も枕木山に張り付いていた。
山登りを重ね、ランニングも続け、体力にはいくらか自信がついたと思っていたが、記憶の苦みを薄める効果はないらしい。しかたがない、と脇にどけておくことばかりうまくなって。