西蔵旅行記 5

(承前)

 マイクロバスは低いギヤでエンジンをフル回転させながら高度を上げていった。出発から三時間、いよいよギャロラ峠にさしかかる。峠には五色の祈祷旗タルチョがはためいていた。私の高度計は四六〇五メートルを表示した。バスを降りて峠を散策する足取りは重い。この峠を下るといよいよ目指す湖である。峠から見晴るかすと黄色い絨毯が連なるように広がっていた。菜の花畑である。段々畑では大麦と共に菜の花がたくさん栽培されていた。菜種油が貴重な現金収入になっているそうだ。
 つづら折りにバスは下っていく。菜の花畑のその先に湖は見えてきた。ヤムドク・ユムツォは「トルコ石の湖」という意味だそうだ。晴れ間がのぞき始めた湖面はターコイズブルーに輝いていた。湖畔に出て一時間あまり、湖を時計回りに辿ってからマイクロバスは止まった。そこにはまるでフランスのモンサンミッシェルを思わせるような光景が広がっていた。モンサンミッシェルと違うのは四千メートルを超える標高と僧侶はただ一人という小さなお寺、そして観光客は我々しかいないという贅沢な空間であった。若いお坊さんが快く寺院を案内してくれる。途中イラクサを摘む女性達と出会う。ここにも人が暮らしていることに驚く。風景を堪能した後、しばし瞑想にふける時間がまた至極贅沢であった。湖畔で休憩していると羊がやってきた。その数、あっという間に百頭を超えた。羊飼いは十才くらいの少女とそのおじいさんの二人だった。カメラを向けると少女ははにかみ祖父の後ろに隠れた。我々が差しあげたスイカを土産に帰って行った少女。「外国人にもらったよ!」と弾んで家族に話すのだろうか。ずっと続く羊を追いながらの生活に変化の兆しがあることを我々との出会いから想像することは少女にはできまい。この地が観光地になりませんようにと勝手な願いを念じながら寺に向かって手を合わせた。