手作りのくらし2 干し柿
出雲の庭に突っ立っている一本の柿の木は、生り年が大体隔年で、荒神さん祭りの時季が近づくと、「そろそろ柿を採るか」と母と話したものだ。太い竹の先を割り、そこに小枝を挟んだものが柿採りの道具。竹を柿の実のついた枝めがけて伸ばし、割れ口で枝を挟み、捻って折る。落ちたら実が割れるので、道具を使わない方は下で実を受け止める。祖母が亡くなった後は、母とそうやって柿を採ってきた。
生り年で、大量に採れると、半分は合わせ柿にする。五右衛門風呂をいつもより熱めに沸かし、ヘタの中央に穴を開けた柿の実を袋に入れて密閉し、風呂桶の中に漬ける。一晩湯で暖まった柿の渋はあらかた抜ける。二~三日置くと、渋はすっかり抜け、甘い柿になる。
家が改装され、五右衛門風呂が無くなってからは、焼酎で渋抜きをするようになった。ヘタの真ん中に開いた穴に焼酎が入り込むように、柿を一つずつ焼酎の入った器に漬けていく。それらをまとめて袋に入れて密封し、五日ほど置くと渋は抜ける。
柿の収穫量によって、合わせ柿と干し柿の比率は変わってくるが、採れる年は毎年両方を作ってきた。母が亡くなった後は、夫が柿採りの相棒だ。
そして、今年、まだ十月に入ったばかりの畑行きの際、木を眺めると、実がすでに色づいている。西側はまだ緑色なのに、東側、南側の陽がよく当たる側には熟柿までできている。「お父さん、柿、少し採るか」「高枝切りばさみ、持って来てないぞ」「届くとこだけ」
ということで、たわわに実って手が届くところまで下がった枝に付いた柿を採った。脚立に登って採ったのを合わせると、七~八十はあったろうか。実を落とした枝は定位置に戻っていた。この第一弾で収穫した柿は、合わせ柿、干し柿と半々に作り、どちらもうまくいったのだ。