ニュース日記 718 なぜ独裁的か

30代フリーター やあ、ジイさん。香港が中国に返還されて初めて民主派が区議会議員選挙で過半数を獲得した。

年金生活者 どんな独裁国家も、国家からの権力の分散という世界史的な流れから逃れられないことを示している。
 現在見られる国家からの権力の分散は、資本主義の高度化とテクノロジーの発達がもたらしたものだ。消費の過剰化が個人への、産業のソフト化が企業への、資本のグローバル化が国家間システムへの権力の分散を駆動した。
 香港のデモは、分散した権力を手にした個人がそれを行使した結果だし、北京政府が近年ずっと香港への締めつけを強めてきたのは、分散した権力を回収する作業と見ることができる。
 香港の事態は、外から見えない中国本土の事態が可視化されたものと考えることができる。デモと区議選での民主派の圧勝は、共産党独裁下の中国本土でも国家からの権力の分散が進んでいることを私たちに推定させる。習近平政権が露骨な独裁の強化をはかってきたのは、分散した権力を回収しようと躍起になっている証左にほかならない。

30代 安倍晋三だって独裁的な振る舞いが目に余る。それなのに、朝日新聞の世論調査だと、首相在任期間(通算)が歴代最長になった彼の実績を「評価する」が62%にのぼっている(11月19日朝刊)。

年金 不祥事は相次いだものの、国民を大きな不安に陥れるような失政のなかった政権への評価としては的外れとはいえない。
 他方で「評価しない」が36%あり、その理由を推測すると、「独裁的」というところに集約されそうだ。「安倍一強」と呼ばれ、周囲の忖度を誘い、説明責任を果たさず、文書を隠蔽・改竄する、といったことがそれを示している。
 この独裁的な特性は程度の差はあれ、トランプ、習近平、プーチンらと共通している。国家からの権力の分散を別の言葉で表すなら、歴史の方向を決定する力が、政治の領域から社会の領域へ、国家から市民社会へ移ってきたということだ。そのぶん国民の多くは政治、国家に以前ほど重きを置かなくなった。政権担当者の独裁的な振る舞いをある程度まで許しても自分たちに不利益にならないと考えるようになった。

30代 自由や平等の理念が衰退し始めたということか。

年金 政治のレベル、国家のレベルにだけ目を向ければ、そう見えるかもしれない。だが、政治と社会、国家と市民社会を合わせた社会の総体を見るなら、そうは言えない。自由や平等が生活レベルで脅かされるのを感じれば、大勢がそれに抵抗することは、香港の若者たちの反乱が示している。

30代 日本では反乱も政権交代も起こりそうにない。

年金 辻田真佐憲という近代史研究者が安倍政権を「短命と短命がくっついた数珠つなぎのような政権」と評している(11月22日朝日新聞朝刊)。これを言い換えると、安倍晋三は擬似的な下野と擬似的な政権復帰を繰り返す「ひとり政権交代」を演じているということだ。不祥事や失政で国民の不評を買うたびに反省や方向転換を表明したり、新たな政策課題を掲げたりして、政権が更新されたように見せてきた。多くの国民が反対した安保法制の強行のあとの「経済最優先」。森友・加計問題のさなかの「働き方改革」。近いところでは大学入学共通テストへの英語民間試験の導入中止や来年の桜を見る会の中止がある。
 かつての自民党は、派閥の間で疑似政権交代を繰り返してきた。小選挙区制の導入で派閥の力が弱まった前世紀末ごろからそれが難しくなり、自民党結党後初めて野党への政権交代が起きた。細川連立政権が成立し、やがて本格的な政権選択選挙による鳩山民主党政権が誕生した。
 だが、沖縄の基地問題や消費税増税問題で公然と公約破りをする民主党政権の姿を目の当たりにした国民は、政権交代そのものへの失望を深めた。安倍政権は他派閥にも、野党にも政権を奪われる可能性が少なくなった異例の政権ということができる。

30代 そのわりには過去の長期政権のような安定感がない。

年金 「株価と支持率をずっとチェックしているのも、不安にかられているからだろう」と辻田は指摘する。つまり政権を恐れさせるものが、他派閥や野党に代わって国民世論や市場に移ったということだ。
 現在の与野党は一部を除いて政策に大きな差がなく、手順や程度の差がほとんどと言っていい。もし本質的な差があるとすれば、あるいはそれをつくれるとしたら、理念の差だ。
 安倍政権は支持率を上げるため、野党のお株を奪うようなリベラルな政策を相次いで実行してきた。何よりもアベノミクスによる「大きな政府」政策がそうだし、「同一労働同一賃金」や「女性の活躍促進」はわかりやすい例だ。
 それらは個人を最大限に尊重する理念にもとづいた政策のはずだが、安倍政権やそのコアな支持層のイデオロギーは個人よりも公や集団を重視したがる。この政権は理念的にはどっちつかずの状態にあり、そこに政権の弱点もある。野党が現政権に対抗しようとするなら、個人を徹底的に尊重する理念を軸に連携と政策づくりを進めることが必須となる。