ニュース日記 713 安倍政権が改憲を本気になれない理由
30代フリーター やあ、ジイさん。衆院予算委員会で安倍晋三に憲法改正について質した辻元清美が、質問を終えたあと周辺に「改憲は本気ではないと思う」と話した、と報じられていた(10月12日朝日新聞朝刊)。
年金生活者 その推察はたぶん当たっている。同じ日の予算委員会で首相は改憲について「私が意欲を示すことがかえってマイナスだと議論する我が党の人がいる。若干不愉快だが、一理あると思わざるを得ない」と語ったとも報じられている(10月11日毎日新聞電子版)。
議員たちがいつも第一に考えているのは選挙のことだ。9月の朝日新聞の世論調査によると、安倍政権のもとでの憲法改正に賛成は33%、反対は44%となっている(9月16日朝日新聞デジタル)。選挙の顔である首相がそうした世論に逆らって改憲の旗を振り続ければ、国民の多くが反発し、自民党は選挙で議席を減らす恐れがある。「マイナス」を懸念する声が党内にあるのは当然だ。
30代 党内の一部だろ?
年金 事実上は多数の声である可能性が高い。それでも自民党が改憲を訴え続けるのは、それを目指すことが党のアイデンティティーを形成し、党員の結束に欠かせない要素になっているからだ。改憲の旗を降ろせば、改憲を本気で願う安倍晋三のコアな支持層を失うことにもなる。
かといって、前のめりになり過ぎると、国民に警戒されてしまう。安倍政権には改憲に本気になれない十分な理由があるといわなければならない。
30代 憲法改正は自民党の党是だぞ。
年金 その党是がかえって改憲にブレーキをかけてきた。国民に改憲を意識させ、警戒感を抱かせた。そう推定できるデータがある。
憲法をめぐる朝日新聞の世論調査結果の推移を示すグラフによると、1997年から2013年までは、いまの憲法を「変える必要がある」が「変える必要はない」を上回っていたのに、2014年からはそれが逆転している(2018年5月1日朝日新聞デジタル)。改憲を最大の課題とする第2次安倍政権がその1年余り前に成立し、国民は警戒を強めたためと見ることができる。
自民党が野党時代につくった憲法改正草案には、国防軍の保持、国民の義務の強調、緊急事態にともなう権利の制限など、明治憲法の部分的な復活を思わせる条項があり、それが安倍政権の成立で荒唐無稽とばかりは言えなくなったと国民が判断したと考えることができる。
だからこそ、彼は党の改正草案にある国防軍の保持を引っ込め、代わりに9条への自衛隊明記という新たな改正案を持ち出した。
30代 改憲の党是は国民に嫌われただけか。
年金 そうとは言えない。この党是はアメリカから押しつけられた憲法を拒否する宣言でもあり、それには対米自立を求める国民の多くが支持を与えていたと考えることができる。
国民の多くが憲法の中身は支持しながらも、押しつけには不満を抱いていたことは、1960年の安保闘争で反米ナショナリズムが表面化したことにあらわれている。55年体制下で反米路線を取り続けた社会党や共産党が国会の議席の3分の1に相当する国民の支持を集めたのは、対米従属を嫌う国民の意思が背景にあったからだ。
だが、社共両党はアメリカが憲法とセットで日本に押しつけた日米安保条約には反対しても、憲法のほうはありがたく受け入れ、押しつけの事実には目をつぶり続けた。東西冷戦の東側陣営のイデオロギーの制約を受けていたからだ。
そうした野党の姿勢は対米従属を半分ほど容認する態度として国民の目に映ったはずだ。その不満の埋め合わせを自民党の改憲の党是に求めたと見ることができる。その自民党は他方で、野党とは逆に日米安保条約の堅持をかかげ、やはり半対米従属の路線を取り続けた。国民は与野党の路線を足し合わせ、それぞれに票を分け与えることで対米自立への要求を表出してきた。
30代 わが首相は憲法改正に向けて政府・与党への支持を固めようと、自身のイデオロギーに反するようなリベラルな政策を実行しているように見える。
年金 最後は改憲を国民に拒まれて、政策だけ「食い逃げ」されることになるんじゃないか。
金融緩和と財政政策を両輪に「大きな政府」へと突き進んできたアベノミクスはこの政権の最大のリベラルな政策といっていい。それは需要を創出し、若年層を中心に雇用を確保してきた。政権はさらに「女性の活躍」や「多様性」を掲げ、経済面ばかりでなくイデオロギー的にもリベラル色を打ち出した。
対外的には、中国に気をつかい、あんなに行きたがっていた靖国神社に行くのをやめた。集団的自衛権の部分的な行使を可能にする安保法制をつくりはしたが、実際の行使はほとんど想定できないほどがんじがらめの制約をもうけていて、世界標準に照らせばまだハト派の色を残している。
9条を変えることは、安倍晋三の理想とする「美しい国」をつくるのに欠かせない。そのモデルは彼の祖父が閣僚を務めた大日本帝国と推察される。しかし、理想に近づく手段として採用されたリベラルな政策は、その理想を侵食し続けている。